ランニングで起こるハムストリングス損傷とは 〜原因・リスク・回復までスポーツ医学の視点で解説〜
ランニング中に
「太ももの裏が急に痛くなった」
「スピードを上げた瞬間に違和感が出た」
このような経験はありませんか。
その症状はハムストリングス損傷の可能性があります。
ハムストリングスのケガは短距離選手だけでなく、市民ランナーにも起こる代表的なランニング障害の一つです。特にスピード練習や疲労が蓄積した状態では発生しやすく、再発率が高いスポーツ障害としても知られています。
この記事ではスポーツ医学の研究をもとに
・ハムストリングス損傷の定義
・ランナーにおける主なリスク
・回復とリハビリの考え方
について解説します。
ハムストリングス損傷の定義
ハムストリングス損傷とは、
太ももの裏側の筋肉が過度な伸張や収縮ストレスを受けることで生じる筋損傷
を指します。
ハムストリングスは以下の3つの筋肉で構成されています。
・大腿二頭筋
・半腱様筋
・半膜様筋
これらの筋肉の多くは
・股関節伸展(脚を後ろに伸ばす動作)
・膝関節屈曲(膝を曲げる動作)
という2つの関節にまたがる二関節筋であり、ランニング動作において重要な役割を担っています。
ランニング中に損傷が起こるタイミング
ランニング中、特に脚を前に振り出した後の
**終期スイング期(terminal swing phase)**では、
ハムストリングスが最大に伸ばされた状態で働きます。
このとき筋肉は
伸ばされながら力を発揮する「遠心性収縮」
を行っています。
この局面では筋肉に大きな力学的ストレスが加わるため、ハムストリングス損傷の発生に関与していると多くの研究で指摘されています。
そのため、ハムストリングス損傷は
・スプリント
・急激な加速
・スピード練習
といった場面で発生することが多いとされています。
ランナーにおけるハムストリングス損傷のリスク
ハムストリングス損傷は、複数の要因が重なって発生すると考えられています。
研究で報告されている主なリスク因子を紹介します。
高速ランニング
最も大きなリスクの一つが高速ランニングです。
スピードが上がるほど
・股関節屈曲
・膝伸展
が大きくなり、ハムストリングスはより長い状態で高速に伸張されます。
この状態で強い遠心性収縮が必要になるため、筋肉への負荷が大きくなります。
特に
・インターバル走
・流し
・ダッシュ
などのスピード練習では損傷リスクが高くなる可能性があります。
筋力バランス(H/Q比)
ハムストリングス損傷では、
ハムストリングスと大腿四頭筋の筋力バランス
が関係すると報告されています。
このバランスは
H/Q比(Hamstring / Quadriceps ratio)
と呼ばれます。
大腿四頭筋に対してハムストリングスの筋力が弱い場合、
・膝伸展を十分に制御できない
・ハムストリングスの負担が増える
といった問題が起こる可能性があります。
ただし近年では、H/Q比単独で損傷リスクを予測することは難しいとも指摘されており、複数の要因を総合的に考える必要があります。
柔軟性の低下
ハムストリングスの柔軟性低下が、損傷リスクに関係する可能性が指摘されています。
柔軟性が低下すると、筋肉が伸ばされる余裕が小さくなるため
・スプリント時の伸張ストレス増加
・筋損傷リスクの上昇
につながる可能性があります。
ただし、この点については研究結果が一致しておらず、柔軟性だけで損傷リスクが決まるわけではないと考えられています。
過去のハムストリングス損傷
ハムストリングス損傷の最も強いリスク因子の一つとされているのが既往歴です。
過去にハムストリングスを損傷したランナーは再発率が高く、
・筋力低下
・神経筋制御の変化
・筋構造の変化
などが関係していると考えられています。
疲労とトレーニング負荷
ランニングのトレーニング量が増えると、筋肉の疲労が蓄積します。
疲労が蓄積すると
・筋力低下
・神経筋コントロール低下
が起こり、ハムストリングスの負荷耐性が低下する可能性があります。
その結果、損傷リスクが高まると考えられています。
ハムストリングス損傷の回復とリハビリ
ハムストリングス損傷の回復では、安静だけでは不十分です。
重要なのは
段階的なリハビリと運動復帰
になります。
近年、スポーツ外傷の対応として提唱されている考え方が
PEACE & LOVE
です。
急性期:痛みと炎症の管理
受傷直後は
・炎症(発赤、腫脹、熱感、疼痛)
・過度なストレッチ
を避けることが重要です。
この時期は
・歩行
・軽い可動域運動
など、痛みのない範囲で身体を動かすことが推奨されています。
受傷直後は「PEACE」の原則に基づいた対応を行い、炎症が落ち着いてきた段階で「LOVE」のアプローチに移行していきます。
回復期:遠心性トレーニング
回復期に重要とされているのが
ハムストリングスの遠心性トレーニング
です。
代表的なエクササイズとして知られているのが
Nordic Hamstring Exercise
です。
このトレーニングは
・遠心性筋力の向上
・筋束長の増加
・再発率の低下
に有効であることが多くの研究で報告されています。
ただし、このエクササイズは非常に負荷が高いトレーニングです。
急性期を脱してすぐに行うのではなく、段階的に負荷を上げていくことが重要です。
トレーニング開始の目安
目安として以下のような動作が痛みなく行えるようになってから、次の段階に進むと安全です。
・ウォーキング30分以上が痛みなく可能
・ヒップリフト(両脚)10回×2
・ヒップリフト(片脚・支持あり)10回×2
・ヒップリフト(片脚)10回×2
これらが問題なく行えるようになった段階で、Nordic Hamstring Exerciseなどのトレーニングを少しずつ取り入れていくと良いでしょう。
ランニング復帰
ハムストリングスは高速走行で最も負荷が高くなる筋肉の一つです。
そのため復帰時には
段階的にスピードを上げること
が重要になります。
一般的には
ウォーキング
↓
ジョギング
↓
やや速いランニング
↓
スプリント
というように、徐々に負荷を高めていきます。
このように段階的にスピードへ適応させることで、ハムストリングスがランニングの負荷に対応できるようになります。
まとめ
ハムストリングス損傷は、ランナーにとって注意すべきスポーツ障害の一つです。
ポイントは以下の通りです。
ハムストリングス損傷の特徴
・太ももの裏の筋肉の筋損傷
・高速ランニングで発生しやすい
・既往歴は重要なリスク因子
回復のために重要なこと
・急性期の炎症管理
・遠心性トレーニング
・段階的なランニング復帰
ランニングを長く楽しむためには、ケガをしてから対処するだけでなく、日頃から筋力や身体機能を維持することが大切です。
太ももの裏に違和感を感じた場合は、無理をせず早めにケアを行いましょう。
参考文献
Askling CM et al. 2007
Schache AG et al. 2012
Petersen J et al. 2011
van Dyk N et al. 2019
Dubois B et al. 2019 (PEACE & LOVE)
